いつからだろうか、セミの抜け殻に魅力を感じなくなったのは。
誰かと数を比べるわけでも、見たことのない珍しさを自慢するわけでもないが、とりあえず集めていた記憶だけは鮮明である。
思い出す時には決まって、井上陽水の「少年時代」がリピートされる。
家の前には木が植えてあり、暑くなると、セミの爆音コーラスがお決まりとなっていた。
ある初夏の日、庭を掘っているとセミの幼虫が出てきた。
もう少しで木に止まって孵化するのだろうと思われるセミの幼虫。
白色の体をしたその生物は、日を嫌って見たことのない魅惑的な動きをした。
そして少年は、あろうことか土を入れた瓶に幼虫を詰めて蓋をしてしまった。
幼虫は、どう思ったのだろう。絶望しただろうか。
ラジオ体操も初めのスタートダッシュが続かなくなり、夏の本気を昼間に感じられるようになった頃。
セミの鳴き声もBGMになるほど馴染んできたと思っていたら、瓶に入れたセミの幼虫を思い出した。
もう死んでしまったかもしれない、と瓶を開ける時のお化け屋敷の入り口のような感情を覚えている。
逆に、中にいつもの鳴いてるセミがいたらどうしようと思ったこともある。
意を決して瓶を開けると、ちょうど幼虫が地面の上に出てきたところだった。
このまま待っておけば、セミの羽化が見れるのではないかと思い付いた少年は近くの木に幼虫を移動させ、その様子をスケッチして夏休みの宿題にしようと考えた。
しかし待てど暮らせど、その場から動かないし、背中がぱっくり割れるような気配もない。
俺はもしやまだ準備できていないやつを無理やり板の上に引きずり出してしまったのかもしれない。地上を板の上というのかはセミに聞いてみないと分からないが。
一旦腹ごしらえに、バターたっぷりにハチミツたっぷりのトーストを食べたら、クーラーの効いた部屋から出るのが億劫になってしまった。
気づいたら夢の中にいた。
お昼前に二度寝から目覚めると、セミの幼虫のことを思い出した。
慌てて外に出ると、そこには白い羽の見たことのない姿をしたセミがいた。格好は完全にセミ。でも羽は白いし、鳴きもしない。
興奮。
急いで見たことのないセミをスケッチした。絵にあまり自信はないが、そのスケッチは我ながらうまく描けた気がして、自分の絵心を疑った。
木の上に引っ張り出してから、この間4時間。
しかし羽は白いままだし、飛び立つ様子もない。
どうしようもないから、とりあえず昼ごはんを食べた。昼ごはんは覚えていない。
昼ごはんを食べて、また昼寝した。
起きて外に出ると、セミの様子がおかしい。
そこには羽が透明、体は黒光りしてどっしりとしたクマゼミ。
かっこいいががっかりした。もしかしたら見たことのない白い羽のセミなのかもしれないと思っていたから。
近づいても逃げていかない。まだ準備が出来ていないのか。
と思った瞬間、クマゼミは勢いよく飛んでいった。
待ち侘びていた少年に、おしっこを残して。